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東京地方裁判所 平成2年(ワ)70222号 判決

原告 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 安福照嘉

右訴訟代理人弁護士 小沢征行

秋山泰夫

香月裕爾

被告 ケイ・ワールド株式会社

右代表者代表取締役 今野茂正

被告 今野茂正

右被告ら訴訟代理人弁護士 駒場豊

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して米貨金一二万三〇〇ドル及びこれに対する昭和六〇年一二月一九日から支払い済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

一  請求原因7及び8の各事実については、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。その余の請求原因事実については、当事者間に争いがない。

ところで、≪証拠省略≫によると、原・被告会社間において、昭和六〇年七月四日、締結された本件外国手形取引契約によると、右約定は信用状つき外国向荷為替手形の買取、信用状なし外国向荷為替手形の買取、クリーンビルの買取及びその他これに準ずる取引をその適用範囲とする契約であり、本件契約における「買取」とは、原告が外国向為替手形の交付を受け対価としてその代り金を被告会社に支払うことをいうと定義されていること(≪証拠省略≫、外国向為替手形取引約定第一条六号、第二条参照)、また、被告会社は、原告に対して、被告会社が原告に提出する外国向為替手形及び付属書類は、正確、真正かつ有効であり、信用状つき取引の場合は信用状条件と一致していることを保証する旨を約していること(右約定第五条参照)、被告会社は、本件外国為替取引契約に基づいて、昭和六〇年九月ころ、訴外銀行からの信用状を得て外国為替手形の買取りを求め、原告は、昭和六〇年一〇月一八日から昭和六〇年一二月三日までの間合計八回にわたり買取りを実行したこと、そのうち昭和六〇年一〇月一八日から昭和六〇年一一月二一日までに行われた合計五回分については、遅滞なく決済されていたこと、訴外会社から被告会社に対して、昭和六〇年一一月二六日、東京商工会議所発行の質及び量を証明したいわゆる品質数量証明書(以下 品質数量証明書という)の代りに東京商工会議所による原産地証明書が提出されていること及び書類の提出が遅すぎることを理由とするディスクレンパンシーが発見され、特に後者についてアクセプトが困難である旨を指摘したファックスが送付されたこと、右ファックスの受領後、被告会社は、原告担当者佐藤のところにおもむいて本件手形の買い取り方について相談をしたが、同人は、書類の遅れについては問題がないこと及び右ファックスには東京商工会議所発行の品質数量証明書の不足が指摘されているがその書類を用意することは困難であることを説明したが、これに対して被告会社においては日本電気株式会社の原産地証明書で足りる旨述べたこと、被告会社は、本件手形にかかる商品の発送を昭和六〇年一一月三〇日として本件手形の買取を依頼したこと、その後、本件手形については、エアウェイビルに異なったL/C番号が記載されている、バイヤー宛て出貨通知のテレックスコピーに手形金額が示されていない、信用状において要求されている東京商工会議所発行の品質数量証明書が提示されていない、譲渡銀行の証明のある“Letter of Transfer”がついていないこと等を理由として支払人による本件手形の引受が拒絶された旨の報告が訴外銀行から原告に対してなされたこと、原告は、被告会社に対して、昭和六〇年一二月一〇日、本件手形が引受拒絶された旨を電話で連絡したこと、本件外国手形取引契約によると、原告が、外国向為替手形の買取りを受けた後、その支払義務者による支払、引受または債務の確認が拒絶された場合には、被告は、原告からの通知、催告等がなくても当然手形面記載の金額の買戻債務を負担し、直ちに弁済する旨定められていること(右約定第一五条第一項)の各事実が認められる。

二  被告らは、原告の本件請求権は、手形法七〇条二項の規定により本件手形の満期日から一年の経過により消滅時効が完成した旨主張する。

右に認定したとおり、原告の本件請求権は、本件外国為替手形取引契約に基づく買戻債権の行使である。そして、本件外国手形取引契約によると、原告は、右約定の定めるところに従って本件手形を被告会社から買い取り、その対価として金員を支払うというものであると定められていることに照すと、本件取引は、買取依頼人である被告と買取銀行である原告との間の本件手形の売買であると解するのが相当である。そうであるとすれば、本件請求権は、被告らが主張するように本件手形上の債権に基づくものでないことは明らかであるから、これが手形法上の請求権としての消滅時効の規定が適用されるとする主張は採用できない。

三  被告は、原告が、被告会社提出書類の点検義務あるいは必要書類を信用状記載の条件期間内に送達する義務を怠ったために、本件手形が引受拒絶されるに至ったものであり、本件手形金相当の損害を被った旨主張する。

本件外国手形取引契約において、被告会社は、買取を依頼した外国向為替手形が支払義務者による支払い、引受けまたは債務の確認が拒絶された場合には、当然手形面記載の金額の買戻債務を負担し、直ちに弁済することを約している。これは、銀行による外国為替手形の買取りは、輸出荷物を化体している船積み書類等を担保として手形を買い取るもので、手形買取からその手形が決済されるまで、手形振出人である買取依頼人に対する銀行の与信行為の一つであり、買取銀行が右買取を行うに際しては、当該銀行の責任と負担において買い取るものであるから、買い取った手形の支払あるいは引受が拒絶される等して買い取った対価を確保できない畏れが生じた場合には、右手形を買受依頼人に買戻してもらわなければ、買受銀行としては円滑な外国為替手形の買取りが困難となる。そこで、右のような事態が生じた時には、予め約定により買取依頼人において手形面記載の額面で無条件に手形を買戻す旨を定めたものである。

しかしながら、買取銀行が外国為替手形を買い取るか否か買取り依頼人の信用に依存しているとしても、支払あるいは引受が拒絶される畏れがあるにも関わらず手形を買い取ることは、買受依頼人の銀行に対する信頼を損なうこととなり、買受銀行としてもいたずらに損失を被ることとなるのであるから、銀行としては、手形の買取を行うに際して、買い取りの依頼を受けた手形について支払い・引受けが拒絶されるのを回避するため必要な範囲において、買取依頼人から呈示された書類について点検調査するべきことはいうまでもない。ただ、銀行の行う右点検調査は、前記のような与信を付与することが相当か否か、すなわち、自己が買取依頼を受けた手形が安全に決済されるか否かを確認する必要から行うものであるから、買受依頼人のために取引の安全ないし履行の確保を保証するべく書類の法的要件の具備や有効性の有無、物品等の実在性あるいは有効な取引が実行されるか否かというような実体について逐一実質的な確認調査をすべき法律上の義務を負うものでなく、買取銀行としては、書類の点検確認に際しては、買取依頼人の呈示した書類の形式及び記載文言が、信用状条件と形式的及び文面上一致しているか否かについて照合、調査するとともに、外観上、文言上の正規性、常態性を具備しているか否かという点についても相応の注意を払って点検確認の調査を行えば足りるというべきである(なお、買取銀行が、手形買取の際に関係書類について点検確認をすることは当然であると解されるが、これが被告ら主張のように買取依頼者と買取銀行との委任契約に基づく義務でないことは前示のとおりである。)。

前記認定事実によると、被告会社は、訴外会社との白黒テレビジョン用ICキットに関する本件取引の売買代金取立てのために、訴外銀行の信用状を得て原告に対し外国向為替手形の買取を依頼したものであり、原告は、被告会社から交付された書類を審査し、形式上問題がないと判断して、昭和六〇年一〇月一八日から右取引にともなう外国向為替手形の継続的な買い取りを実行したものである。そして、本件手形についても、形式上の問題がないとして買い取ったことが認めることができる。すなわち、被告会社が、原告に対して買い取りを依頼した外国向為替手形は、本件手形について引受が拒絶されるまで訴外銀行による引受けがなされ、格別の問題もなく売買代金の決済が行われていた。原告は被告会社から、前記ファックスによって初めて信用状において要求されている書類である品質数量証明書の代りに東京商工会議所による原産地証明が提出されていること等のディスクレパンシーが存する旨の指摘がなされたとの報告を受けたが、この点について原告担当者は、右書類を用意することは困難である旨を説明したが、これに対して、被告会社においては、日本電気株式会社の原産地証明書で足りる旨述べていた経緯があり、また、被告会社としても、本件手形の買取り依頼以前において、東京商工会議所発行の品質数量証明書の代りに原産地証明書を添付して買取りの依頼を行っていたものである(この事実については当事者間に争いがない)。このように、本件拒絶に至るまでは、信用状において要求されている必要書類については不一致があるとの指摘はなかったし、格別の問題もなく決済されていたものであるから、原告担当者が、被告会社の言に基づいて書類に形式上の不一致はないと判断して本件手形を買い取ることとしたとしても、書類の点検確認につき義務違背があったとは認められない。また、被告会社は、前記ファックスについて、原告に対して対応方の相談を求めたが、これは手形の買取依頼人である被告会社が、その買取銀行である原告に対して必要な指導助言を求めたものであるとしても、原告担当者は、これを買い取っても問題がないかどうかという観点から必要な助言を行ったもので、被告会社のために訴外会社との取引の安全を保証する趣旨でなかったことは、被告会社が原告担当者に相談をした事柄及び両当事者間で交わされた相談の内容に照して明らかである。被告会社は、その後、訴外会社に対して商品の発送を行っており、当時、各当事者は、本件手形が引受拒絶されるという事態が生ずることは予測していなかったものと推認される。

そうであるとすれば、原告担当者は、本件手形の買取りに際しては、被告会社から提出された書類と信用状の記載を照合する等して本件手形を買い取ったものであり、被告会社からのディスクレパンシーに対する問い合わせに際しても、信用状において要求されている書類との不一致の有無について被告会社に対して確認等をした上で、書類上格別の問題はないと判断して本件手形を買い取ることとしたものであるから、原告が書類確認をすることなく本件手形を買い取ったとは認められない。したがって、原告に書類の点検確認について法的な義務違反の事実があるという被告らの主張は理由がない。

四  被告らは、原告が必要書類を信用状記載の条件期間内に送達する義務を怠ったために本件手形の引受が拒絶された旨主張するが、本件においては、先に認定したとおり信用状の記載の条件期間内に必要書類が送達されなかったことが本件手形の引受拒絶の事由とはなっていない。そうであるとすれば、原告が必要書類を信用状記載の条件期間内に送付することを怠ったという事実を認めることはできない。

五  以上のとおりであるから、被告らの抗弁はいずれも採用することができない。

よって、原告の被告らに対する本件請求は理由があるのでこれを認容

(裁判官 星野雅紀)

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